公開日: 2023/05/05
旅をしている。
キャンピングカー仕様に改造したバンで日本中を漂っているのだ。各地で美術館や記念館を見たり、有名らしい寺社仏閣に参拝したり、いわゆる名物観光をしていたが、それも一年も続けていると流石に飽きてきた。
そして実は「飽き」よりも深刻なのが、社会人時代に貯めていたお金が底をつこうとしている事だ。口座残高を見るのが、正直怖い。
もうお金がない。お金がなければ旅は続けられない。さて、どうする?
「自由」になる為に仕事を辞めて旅に出たのに、自由な旅を続けるには「お金」が必要で、お金の為には「仕事」をしなければならない。
あれ?本末転倒? いやいや、とにかく日銭の為に、心の平穏の為に、仕事をしなければ。重い腰をあげ、僕はバイトを探しはじめた。せっかくやるのなら効率的に稼げるかよりも、今までやったことの無い仕事をしてみよう。そして自分にあっていそうな仕事にしよう。
「体を動かす事」と、「自然に触れる事」が好きな僕が行き着いたのは「農業バイト」だった。
「デイワーク」というアプリを使えば、一日単位で農業バイトに申し込み出来る。しかも大抵が当日現金手渡しだ。同じ場所にずっと縛られず、自由に旅をしたい僕にとって都合が良い。
他にも「おてつたび」など、農業に限らず旅先で仕事を見つけられるサービスは幾つもある。仕事探しをしている旅人には毎回オススメしている。
デイワークで無事マッチングして、長野県上伊那郡にある「さらら農園(竹入ファーム)」というぶどう・柿農家さんで数日間バイトさせていただく事となった。
日給は9,000円。オーナー夫妻は旦那さんが日本人で、奥さんがイギリス人だ。イギリスの人と言っても日本暮らしはもう長く「だもんで〜」と、方言が会話の節々に出てくるほど、日本語がお上手。
他には僕と同じようにバイトで来ている女性が1名。「シルバー」と言う高齢者向けの派遣会社から女性2〜3名。オーナーの知人の女性が2〜3名。日によってメンバーが入れ替わったりする。
つまり僕以外はほぼ女性だ。これはハーレムと言っても過言ではない。ちなみに平均年齢は概算で60代前半。多分そのくらい。
経験と知識の詰まったお姉様たちのハーレムなんて、ああ最高じゃないか!
仕事内容は柿の収穫、選果、皮剥き、吊るしがメイン。
今後も続けていくであろう農業バイトの初期投資として3,000円で購入したワークマンの長靴を履き、作業着に着替えて早速渋柿の吊るし作業をやらせてもらう。
「ほぞ」と呼ばれる柿のヘタ部を、吊るし紐に付いたクリップにひとつずつ留めていく。皮が剥かれたばかりの柿は、思いの外ツルツルすべって落としそうになる。いや、たまに落として転がっていく。
ビニールハウスのような作業場は、朝は冷えていて、昼前に陽が当たり背中がどんどん熱くなっていく。燻蒸するための硫黄の匂いがツーンとして、柿を乾かす大きな扇風機が首を振りながらサァーーーと音を立てている。
作業に没頭して黙々とした時間もあれば、お姉様達と和やかに談笑することもある。ラジオからはThe Beatlesの「Let it Be」が流れている。
すごく心地良い、そしてすごく楽しい。もちろん疲れもするけれど、それも含めてすごくすごく楽しい! 久々に仕事で汗を流しているのが気持ちいい。
そして風に揺れる鮮やかなオレンジ色の景色が、冷たい空気が、陽の光が、僕の体に時間をかけて浸透していく。
このさらら農園竹入ファームさんは福利厚生も素晴らしく、10時と15時の中休みにはお茶とおやつが出る。お菓子のセレクションも渋い。
アスパラガスビスケット、ほし芋、今川焼き、カレーせん、そして農園で採れたピオーネ(葡萄)などなど。まったく最高じゃないか。
休憩中は絶えずお姉様方の会話が飛び交う。
「鳥の胸肉ってどうやって柔らかくしてる〜?」「アタシ塩麹!」
「最近近所にできたメガドンキ、なんでも売ってるけど、『どーんどーんどーんどーんきー♪』ってBGMが煩くてうちのおじいさんが行くの嫌がるのよ〜」
「地震は私が(この世から)いなくなってからなら来てもいいわ〜」
などなど同世代からは、なかなか聞けないようなユーモラスで刺激的な話題が尽きない。最高!!