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"おもてなさない"精神がはびこる島を抜け、ユーラシア大陸横断ドライブ初日へ【すみません、ボクら、迷子でしょうか?:第2話】

お嬢様、花を摘みに行きましょう

おもてなさない精神がよく表れているのは、トイレだ。するなら来るな! と言わんばかりに、拝借できそうなトイレはない。

雑居ビルの駐車場で車中泊した翌朝、眉をひそめて鼻息が荒い妻のYuko。「トイレを探したまえ」という顔だ。Yuko、周囲にはいくらでも薮や森がある。好きな木の下で花を摘んだらよかろう。ボクはすでに雉を撃ったことだし。

……と書きながら思ったのだが、今どきの若い読者は“花を摘む”とか“雉を討つ”と言われても意味がわからないのではないか。用を足す様子が、花を摘んだり、雉を撃つ姿に似ているからついた、隠語である。

だから誰か娘さんが、ちょっと花を摘んでくるねーと森に消えたときは、尾行すると変態扱いされるので注意したほうがいい。なるほど、そういう意味だったんだと頷いている50ン歳のYukoは、あろうことかトイレだけはお嬢様育ちである。藪や森で花を摘む気はさらさらないらしい。

花は咲いていないが、いくらでも摘める

どこかでトイレを借りられないものかとあたりを見渡したが、なにせ僻地の集落。食堂もガソリンスタンドもない。なんだかわからない店舗はシャッターが降りていた。

数件先に普通の民家があった。頼れるとしたら、あの家しかない。ぜひ、トイレを借りたい。でも知っているロシア語は3つしかない。シモに関わる繊細な案件だから、言葉よりジャスチャーの方が無難だろうと考えた。

まず、ドアをノックする。誰かが出てくるだろう。なんだぁ、あんた?って顔をされるだろう。そこでまず、「ズトラストビーチェ(こんにちは)」と笑顔で挨拶をする。

一拍おいて(この“間”が大切だ)、いいですか、よく見ててくださいよっと目で語り、やおらズボンのファスナをおろして如意棒を引っ張り出す……、フリをする。間違って本物を出しさえしなければ、快くトイレに案内してくれるだろう。

だが、Yukoは女性だ。作法が違う。玄関先で、挨拶以外にナニも話さず、にやにや笑いながらスカートを脱いでしゃがみだす50ン歳のおばさんがいたら……、どうです?

普通の人なら、見なかったことにしてドアを閉ざすに違いない。

その場に取り残されたYukoを思うと不憫なので、たいへん面倒くさいけれど、車でトイレを探す旅に出た。が、そう簡単には見つからないのが、ソ連っぽさが残るサハリン島だ。

刻一刻と、「ああ」、「ああ…」、「ああ……」、切なげにもじもじするYukoが鬱陶しくなったころ、迷い込んだ路地が建築現場の事務所に行き着いた。よく見たら、鉄道駅だった。

「駅だ。絶対にトイレがあるよ」

駐車場に車を停めるやいなや、間髪入れずに陸上部並みの猛ダッシュをかますかと思いきや、さすがトイレだけはお嬢様。「電車はそろそろかしら?」風味のゆとりをふりまきながら、膝から下で小走りしてゆく。

地図アプリによると、ここはサハリン鉄道のノグリキ駅である。

サハリン鉄道といえば、宮沢賢治が『銀河鉄道の夜』の着想を得たのではなかったか。観光地には興味はないが、賢治さんが座った便器となると話は別だ。もはや単なる白い陶器とは呼べないであろう。

しからば拙者も一献傾けさせていただこう。Yukoに続いて、ご相伴に預かったのである。

賢治さんがひと仕事した玉座かと思えば、ウンが付くこと請け合いである。幸運のノグリキ駅は、わが家だけの秘密の観光地「マイ秘境」として、永遠に記憶されることとなったのだった。

ノグリキ駅の竣工は1953年。宮沢賢治が亡くなったのは1933年である

人類の基本に立ち返ることにした

サハリン島をドライブして10日。何かと心許ない軽自動車ではあるが、すこぶる元気に走っている。

齢10万kmを超えている中古車とはいえ、ナニひとつ問題がない。そろそろユーラシア大陸の本土に渡らねばなるまい……。行かねばなるまいか、本当に行っていいのだろうか、こんな車で。軽自動車ですよ、これ? わかってます? 誰か止めて!くらいの心持ちでフェリーのチケット売り場を訪ねた。

例によって、窓口のおばさんは、「How are you?」すら受け付けない英語音痴だが、「ワニノ港まで。大人ふたり、ものすごく小さい車一台。なるはやで」と伝えなければならない。

総額で2万円以上すると思われるので、語彙の少ないロシア語や、感性に左右されるジェスチャーに頼らない方が賢明である。聞いたことのない絶海の島に、ボクだけ連れて行かれてはたまらない。

そこで、人類の基本に立ち返ることにした。

絵文字を使うのだ。そのときに描いた絵文字を見ていただきたい。

どうしてこんなに下手なのか。正直、たいへん恥ずかしい

英語が間違っていると思われるかもしれないが、到着地の「ワニノ」を表すキリル文字である。絵文字を手渡された窓口のお姉さんは一瞬怯んだが、すぐに書類作りにかかってくれた。“車と旅”の海外版は、画力がモノを言うのである。

ここでひとつ、自分の車で海外を走りたい人にアドバイスを。

フェリーや国境では車検証を求められる。日本の車検証は情報が少ないので、英語で“Car Passport”なる書類を自作すると、手続きがスムーズになる。

メーカー名、車種名、ナンバー(プレート、エンジン、シャシーの3種類)、縦横高さの寸法、重さ、色、座席数、パスポートナンバー、住所、電話番号、意外なことに父親の名前も役に立つ。

賞状のようなデザインを施せば、車検証より重宝される。

翌朝、8時にチェックインさせられた。そのままひと言のエクスキューズもなく10時間も待たされたが、車一台と大人ふたり、無事に船に乗ることができた。

フェリーは時速16km。ちなみにウサインボルトは44km。人より遅い

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